金唐革紙(金唐紙)
Japanese Gold leather paper
私は本来日本画家ですが、絵の勉強時期には日本画の制作・展示と並行して様々な創作技法にも挑み、その技術も日本画に吸収してきました。『金唐革紙』〔きんからかわし/Japanese Gold leather paper/現在は金唐紙(きんからかみ)という場合もある。国選定保存技術〕と呼ばれる、手製の高級壁紙もその一つです。
現在、金唐革紙製作の最も高度な知識・技術を保持しているのは私、後藤 仁となっており、2006年より実質的な国選定保存技術保持者として金唐革紙の保存に尽力し、社会的には金唐革紙製作の第一人者としても知られています。
2016年には、デンマークのコペンハーゲンから来日された、IT University of Copenhagen 准教授の安岡美佳先生と、コペンハーゲン市の絵画・インテリア修復師のアナ・シモンセンさんの取材を受け、海外からの注目度も高まっています。
2017年からは、東京藝術大学で「後藤 仁 金唐革紙 特別講義」も開催され、後進への金唐革紙製作技術・知識の伝承に、ますます尽力する事になりました。
【金唐革紙の歴史】
欧米の皮革工芸品を「金唐革(きんからかわ)」といい、宮殿や市庁舎などの室内を飾る高級壁装材であった。江戸時代前期の17世紀半ばに、オランダ経由でスペイン製の「金唐革」が輸入されたが、鎖国を行っていたために入手が困難であった。また、牛革では大きな製品が出来ない事や、湿度の高い日本での衛生面の問題もあった。そこで、日本の風土になじむ和紙を素材とした代用品の製作が日本で行われ、1684年に伊勢で完成した製品が『金唐革紙』(「擬革紙(ぎかくし)」ともいう。)の元祖である。
明治時代には、大蔵省印刷局が中心となって製造・輸出され、ウィーン万国博覧会・パリ万国博覧会など各国の博覧会で好評となり、欧米の建築物(バッキンガム宮殿など)に使用された。国内では、鹿鳴館などの明治の洋風建築に用いられたが、その多くは現在消滅し、現存するのは数ヶ所だけという貴重な文化財になっている。昭和初期には徐々に衰退し、昭和中期以降その製作技術は完全に途絶えていた。
【金唐革紙の復元製作】
1985年、「旧日本郵船小樽支店」(国重要文化財、小樽市)の復元事業で金唐革紙製作方法の研究を依頼された新設の金唐革紙の研究所は、国立東京文化財研究所の助言を受けながら、現代版の『金唐革紙』を復活させる。しかし、当初は研究所職員が製作も兼ねており本格的な技術者がおらず、製品品質は低く製作量は少なかった。(現在世間では「金唐紙(きんからかみ)」とも呼ばれているが、この名称は金唐革紙の研究所製品にのみ用いる、研究所によって新しく考えられた商品名である。)
1995年、「入船山記念館〔旧呉鎮守府司令長官官舎〕」(国重要文化財、呉市)の復元事業より、当時、東京藝術大学日本画専攻在学中の学生であった 26歳の私(後藤 仁)を中心に、2~5名位の学生が製作技術者として随時研究所に委託され、私達によって復元当初には無かった多くの改良が重ねられ、製品の質・量ともに飛躍的に向上した。
以後12年余にわたり私が実質的製作の中心的役割を果たし、1999年に「移情閣 孫文記念館」(国重要文化財、神戸市)、2002年に「旧岩崎邸」(国重要文化財、台東区)などの主要な復元を行う。
その間、紙の博物館(東京都王子)、呉市立美術館(広島県呉市)、旧岩崎邸庭園、入船山記念館、フェルケール博物館(静岡県)、大英博物館、ヴィクトリア&アルバート美術館(イギリス)などで『金唐革紙展』を開催した。また、テレビ東京「世の中ガブッと!」(2003年)、NHK「首都圏ネットワーク」(2003、2005年)などのテレビ番組に出演して、金唐革紙の製作実演・解説を行い普及に努めた。
その後、元学生達は全員それぞれの制作に戻り、研究所は本格的な製作体制は終了した。私は2006年に研究所をはなれ、金唐革紙製作技術を日本画にも取り入れ、本来の日本画家・絵本画家として活動している。また実質的な「国選定保存技術保持者」として、展覧会などでの金唐革紙の紹介や製作技術保存・存続にも尽力し、将来的に必要があれば製作出来る体制を維持している。
現在までに、金唐革紙の最も多くの実質的製作にあたったのは後藤 仁(全復元製品の約85%の貢献度)で、他の者の貢献度を大きくしのいでいる。したがって、金唐革紙製作全般にわたる最も高度な製作知識・技術を有しているのは後藤 仁とされており、現役で高水準な製作が可能なのは私と元学生の計2名しかいない。
【金唐革紙の現存する建築物】
明治から昭和初期の金唐革紙(旧製品)が現存する主な建築物。および、新しく復元製作された金唐革紙(復元品)がはられた建築物。
「入船山記念館(国重要文化財)」 広島県呉市 (旧製品・後藤 仁による復元品)
「旧岩崎邸庭園(国重要文化財)」 東京都台東区 (旧製品・後藤 仁による復元品)
「移情閣 孫文記念館(国重要文化財)」 兵庫県神戸市 (旧製品・後藤 仁による復元品)
「旧日本郵船小樽支店(国重要文化財)」 北海道小樽市 (旧製品・復元品)
「旧林家住宅(国重要文化財)」 長野県岡谷市 (旧製品・復元品)
「国会議事堂 参議院内閣総務官室・秘書官室」 東京都 (旧製品のみ)
「旧第五十九銀行本店本館〔青森銀行記念館〕(国重要文化財)」 青森県弘前市 (旧製品のみ)
その他、「紙の博物館」(東京都王子)には旧製品、復元品(後藤 仁の製作品)が収蔵されている。
【金唐革紙の製作工程】
「合紙」 手すき楮紙と三椏紙を合紙して、原紙を作成する。
「箔押し」 原紙に、金・銀・錫箔などの金属箔を押す。
「打ち込み」 文様が彫刻された版木(桜材)に、水で湿らせた原紙をあて、紙の裏より豚毛の強靭な刷毛で丹念に打ち込み、凹凸文様を出す。
「ワニス塗り」 錫箔の場合のみ、天然ワニスを 塗って金色を出す。
「彩色」 漆・油絵具等で、丁寧に手塗り彩色をする。 種類によってはシルクスクリーンで彩色したり、紙やすりでやすりがけをして古色をつける。
この製作技術は大変難しく長い経験を要する。現在は版木製作以外の全ての工程を同一人物が行うので、一日に刷毛で打ち込む事6時間以上という体力と、箔押し・精緻な彩色という、手先の器用さも必要となる。版木は明治・大正期に製作されたものを用いる場合が多いが、旧来の金唐革紙よりデザインをおこし新しく版木を製作する場合もある。
金唐革紙 作品
後藤 仁の製作による「金唐革紙」の代表作品です